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《駱駝の祥子》の世界

~《駱駝の祥子》の世界~

学院代表
李 力

 「らくだのしょうこ」と読んだ方、はずれ!原題は「骆驼祥子[luòtuoXiángzi]」で「祥子」という名の青年を描いた中国の小説である。作者は中国近代文学を代表する作家の「老舍[Lǎoshě]」で、北平(現在の北京)を舞台に、車夫である祥子の夢と挫折を、革命前夜の1930年頃の時代背景と絡ませて描き出した、彼の代表作である。日本で言えば、森鴎外の《舞姫》や太宰治の《走れメロス》などのように教科書、または青少年文学の定番である。知らなくても害はないが、中国とかかわるなら、知っておいて損はない作品として、この場を借りてご紹介したい。

● 物語のあらすじ
 北平で人力車を曳く車夫達には一つの夢があった。「自分の車」を持つことである。自分の車さえ持てば、車廠主(人力車会社の社主)から車の借り賃や売上を取られるようなこともない。好きな時に車を曳き、気に入らない客は乗せなくても構わない…。祥子もそんな夢を、しかも、誰よりも強く持っていた。出自は貧しくとも、長躯にして筋骨たくましい青年である祥子にとって、それは容易にかなうはずの夢だった。彼は苦を恐れず、酒も煙草も飲まず、3年で自分の車を手に入れる。しかし、そこから彼の苦難の日々が始まるのである。
折しも北平は軍閥の争いに巻き込まれ、祥子は運悪く敗残兵の部隊に車を接収され、自身も強制的に徴兵されてしまう。しかし、山々を逃げ回る部隊から、祥子はついに脱走する、しかも三頭の駱駝を連れて…。祥子はぶつけ所のない悔しさを胸に再起を掛ける、もう一度自分の車を買うのだ!今度は前より楽なはずだ、駱駝を売ったお金があるのだから。
 そんな寡黙で実直に働く祥子に、車廠主の年増の娘「虎妞[Hǔ’niū](あえて訳せば「トラ娘」)」が罠を仕掛けて強引に結婚してしまうが、車廠主は「車夫ごとき」の祥子を認めず、彼らを勘当する。祥子は勝気で傲慢な虎妞と共に貧民街で暮らすことになり、これが不自由なく育った虎妞にとっては大きな失望となる。貧民達を軽蔑する彼女が唯一気を許したのが、軍官の妾として売られたことのある小福子[Xiǎofúzi]で、彼女は小福子を話し相手とし、召使とし、そして売春業の金づるともした。小福子は彼女の虚栄心と優越感を満たし得る全てであったのだ。
 小福子は飲んだくれで乱暴者の父と彼女を母と頼む二人の弟を、売春で養っている境遇にあっても、これを受け入れ、尚も清らかな心を失わない一輪の花である。そして、ゴミ溜めの如き四合院に咲くこの花は、どんな庭園に咲き誇る花々よりも優れて、強く、人の心を打つ。やがて、難産がもとで虎妞が命を落としたとき、祥子は生まれて初めての純粋な愛情を小福子と共有し、彼女をよすがとして人生の希望を見出そうとする。しかし、貧困と無知なるがゆえに、彼らに与えられたのは容赦のない悲しい運命であった。

● 作者と時代背景の紹介
 文化大革命の狂気が渦巻きだした1966年、老舎は愛してやまなかった北京の一角で、紅衛兵達から激しい暴行を受け、67歳で非業の死を遂げてしまいます。文革後に彼の名誉が回復された時、人々はその死にまつわる事実を知って愕然とします。彼を激しく暴行した紅衛兵達も《駱駝祥子》を読み、作家老舎を敬愛する青少年達だったからです。
 老舎は清朝末期に生まれ、貧困に負けず優秀な学業を修めます。教会で英語を学んだ彼は20代で洗礼を受け、米英両国で教鞭も取った国際的文人でした。《駱駝祥子》は車夫祥子の目を借りて、当時の北京の底辺に生きる人々の夢と挫折、希望と苦悩を見事に写生しています。祥子は自分の愚かさと理不尽な運命に翻弄されますが、老舎は純真な若者祥子が受ける過酷な運命を描写することで、社会を告発する意味を込めたのかも知れません。だからこそ、物語の悲惨な結末は、彼が激動する中国の、その未来に込めた希望だったのではないか、と私には思えてならないのです。
 生きていたらノーベル文学賞を受賞したともいわれる老舎のこの名作は、amazon.comでも買うことができます(上図)。中級レベル以上の方はぜひ原文にも挑戦してみませんか?閲覧室においていますので、いつでもお貸ししますよ!

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